自分と他者の境界線
友人のツイートで特に自分の心に残ったこの言葉について考えてみようと思う。
自分と他者の境界線なんて、あって当たり前のものだけれど
これが曖昧になることは多々ある。
というか、自分にとってそれは常に曖昧なものだと感じている。
幼い頃は特にそうで、フィクション作品で誰かが傷つけられようものなら同じ個所を痛いと感じていたり、恥ずかしい思いをしていたり悲しい思いをしていたら自分自身の事のように感じていた。
今でも友人や親族の結婚式では自分の事のように感動して泣いてしまうし、他人の気持ちに影響されやすい面が強いと感じる。
そんな性質を持っているから、雰囲気が悪い場であればなんとか空気を良くしようと道化を演じてみたり、つまらない冗談を言ってみたりしたものだ。
そのことで、本来内気だった自分が社交的になっていったのかもしれない、と今にして思う。
幼稚園の頃の自分は、とにかく内気で人と関わるのが苦手だった。
そのくせ、誰かが困っていたら声をかける事を厭わなかった。
こう書くと、なんだか自分を良いヤツだとアピールしているみたいだけれどその実、ただ単に自分が見ていられなかったからというだけの事である。
他人が困っていたら、同じくらい自分が困るから、そうしていた。
ただ自分本位なのだった。
それを周りの大人は、「優しい」と評価してくれていたけれど、自分だけは自分の行動が自分のためだということを知っていた。
だから、本当の優しい人に憧れた。
他人のために、何かをしてあげられる人になりたいと思った。
小学校を卒業する頃には、自分本位な人助けのおかげで(?)社交性が身に付いてきていた。
当時はまだ耳馴染みのない、「空気を読む」という言葉の意味を過敏すぎる共感性ゆえに身に付けていたため、学校のイベントや部活ではリーダー的役割を多く任されるようになっていた。
グループの雰囲気が悪いと、自分が苦しいから積極的に雰囲気づくりに努めていただけなのに、自分を「面倒見の良いやつ」と評価されることに違和感があった。
それでも、そういう評価を受けることは嫌なものではなかったし友達もたくさんできたのでそれで良しとしていた。
しかし、高校三年生になり自分の限界を知ることになった。
自分のクラスでは相変わらずクラスの中心で楽しい雰囲気作りが出来ていたのだが、同じ部活の友人が所属する他クラスにおいて、男女間の対立が起きてしまっていることを聞いた。
高校生活最後の年にそんなことになっているなんて見過ごせない、と相変わらず首を突っ込んだ。
結論から言って、改善には失敗した。
むしろひどくなったとさえ言える。
これまで、クラスや部、班をまとめてきたのは自分の力だという思い上がりの自信は打ち砕かれた。
対立の原因について双方からのヒアリングを行うも、どちらにも肩入れしてしまい、妥協点を探れず、出しゃばりのおせっかい野郎に成り下がってしまった。
余計な事をしてしまったと思う。
自分が拗らせなければ案外すぐに解決していたのではないかと感じた。
自分本位で人を助けたいと思った事が裏目に出た。
結局のところ、自分がまとめてきたと感じていたグループは自分がいなくともうまくいっていたのではないかと思った。
自分がまとめてきたとは、なんという思い上がりか、自分が恥ずかしくなった。
そんな失敗を経て、大学生になった時には新たなグループに属することを避けた。
高校から作ったバレーボールチームのキャプテンは継続して務めていたけれど、もうリーダーとしての自信はなかった。
違和感を持ちながら受けていた、「面倒見の良い」、「優しい」という評価がいつの間にか自分のアイデンティティになっていたのだと気付く。
しかしいざ、それが打ち砕かれてしまっては、どうしていいかわからない。
そんな中、新たな人間関係を構築して大学生活を送る自信は、もう無かった。
講義を受けることで新しい人間関係が生まれるのが怖かった。
グループワークなんてしたくなかった。
だから一人、散歩を始めた。
輪に入るのではなく、外から眺めるのが心地よかった。
当時付き合っていた彼女も、高校生の時の社交的でまとめ役という僕を好きでいてくれたので少しずつ疎遠になった。
平日は一人で散歩をして、たまに講義を受ける生活にも慣れてきたころ、ある先生にクラス会に誘われたことが転機になる。
その授業で、クラス会で、ひたすらに自分と向き合う時間は恥ずかしく苦しいものではあったけれど、それ以上に楽しかった。
そしてそういう経験を共にした友人との関わりが、僕にとってのリハビリになったのだと今になって思う。
愛すべき変わり者達の集まりが、心地よかった。
自分に似ている人たちだけの集まりがなんと気楽であったか。
思えばこれまで所属したグループは何かの目的のために集まっていたので色々な人がいた。
それをまとめようなんて思ったものだから疲れたのかもしれない。
まとめようとする必要なんてない、先生の作ったクラスは僕にとって癒しになった。
そんな大学生活を経て、社会人になった。
企業というのは利益を生み出すための集まりであるから、似た者同士の集まりという訳にはいかない。
年齢も経験も人生観もバラバラな人の集まり。
みんなが仲良くなんて難しい。
そう頭ではわかっていても、適応するのが難しかった。
色んな人の負の感情に否応なく影響された。
社会に出るとはそういうことだと、割り切って生きる事が出来なかった。
だから僕は、大人になれていない、と思う。
みんなが仲良く楽しく、なんて夢物語を未だに信じている。
理想と現実のギャップに苦しくなった。
色々と迷走して、仕事を辞めた。
人と関わることが好きなくせに、人の負の感情に影響されやすい。
だから一度社会から距離を取りたかった。
自分で仕事をするなんて、何をしていいのかわからなかったから、まずは人助けから始めようと思った。
その感情の起こりが自分本位であろうと、人を助けたいという気持ちは本当だったから。
そういう自分を今は受け入れている。
基本的には一対一の人助け。
一対一であれば、意識的に負の感情の影響を受けにくくすることが出来る事に気づいたから。
そして報酬は依頼人任せ。
その人が僕の力添えにどのくらいの価値を感じたかで決めてくれていいと思っている。
良くも悪くも、依頼人の苦しみは自分の苦しみと同じだから、結局のところ自分助けをしているに過ぎないのかもしれないけれど、それで報酬を頂けるのならありがたい限りだ。
こうして書いてみると、ただの自分語りになってしまったことに気付く。
というか、本当に自分が書いたのかすら疑わしくもなる。
無意識下の自分が、自分の現状にもっともらしい言い訳をでっち上げたかのような、自分騙り。